杉浦非水関連エントリー

杉浦非水 ゼツェッション

三越では着物柄まで着手した 杉浦非水 。彼のデザインはへぇーと思うものもあれば、日露戦争後の政治背景色のつよい作品には、ちょっとと距離を保ちたくなる。 僕の性質を理解していただいていると思うが、芸術家において「好きな作品」として鑑賞するので ...

杉浦非水 ゼツェッション

杉浦非水

日本のアールヌーヴォーの時代に活躍した杉浦非水(1876 - 1965 本名 朝武・つとむ)の作品で、1922年の「山葡萄」だったと思います。 ... 板谷波山、橋口五葉、武田五一、藤井達吉らに、そして杉浦非水も、大きな衝撃と影響を受けて、作品にその様式を取り入れ ...

杉浦非水

杉浦非水 ポストカード

... 大正期の洋画、彫刻、日本画に個性を開花させる。そのもう一つの流れに 杉浦非水 がいる。 この非水のポストカード「遊泳」は、1919年のものらしいが ... が街を闊歩する大正ロマン。このモボの先端をいく男が杉浦非水でもあったのだ。

杉浦非水 ポストカード

杉浦非水 -明治のハイカラ 大正ロマン

杉浦非水は、まったくもってグラフィックデザイナーである。だが、この美人画を描観るだけだと、当時(明治・大正)の時代では竹下夢二あたりのロマン的な雰囲気が漂い、あとに続く蕗谷虹児、中原淳一までも思い浮かべるのかもしれないが ...

杉浦非水 -明治のハイカラ 大正ロマン

「ドイツ・ポスター 1890-1933」

... 総合印刷社G・シュー社、ミュンヘンのみで印刷されています 」1914 ・七人社と『アフィッシュ』 杉浦非水「 戦後の用意、貯金は今日の義務、逓信省 」1915-19 ・カルピス国際懸賞 オットー・ヂュンケル「 初恋の味がある、滋強飲料カルピス ...

「ドイツ・ポスター 1890-1933」

杉浦非水とは?

杉浦 非水(すぎうら ひすい、1876年5月15日 - 1965年8月18日)は近代日本のグラフィックデザイナー。
1876年愛媛県松山市に生まれる。東京美術学校(現東京藝術大学)日本画選科卒(1901年)。
当初日本画家を志すも、東京美術学校在学中に洋画家の黒田清輝と出会い、黒田からアルフォンス・ミュシャ ミュシャらアール・ヌーヴォーのデザインを知って感動し、図案家に転向する。同校卒業後、大阪三和印刷所図案部主任に就任、しかし翌年同社図案部解散のため退社。この頃から雑誌の表紙でアール・ヌーヴォーを意識したデザインを発表、話題を集める。1904年に島根県の中学校教諭になり、翌年、再び上京し東京中央新聞社に入社。1908年、三越呉服店の嘱託デザイナーとなり、『みつこしタイムス』の表紙を担当する。1910年には三越呉服店の図案主任に抜擢され、中央新聞社を退社する。1921年、日本美術学校図案科講師。1924年創作図案研究団体『七人社』を創立する。1929年帝国美術学校(現武蔵野美術大学)図案科長に就任。1934年に三越を退社。1935年に同盟休校事件によって帝国美術学校を辞任し、多摩帝国美術学校(現多摩美術大学)の創設に参加する。同校の校長・図案科主任を兼任する。1955年芸術院恩賜賞受賞。1958年紫綬褒章受章。1965年勲四等旭日小綬章受章。同年8月18日没。

杉浦非水の詳細